2012年9月28日金曜日

地元の百貨店をふらついていたら、バックヤードらしきところから店員が出てきて一礼をした。どうやら店内へと入るときの所作のようだ。50歳過ぎくらいの女性で、百貨店の社員なのか派遣社員なのかテナントの店員なのかわからないが、この道のベテランの風格を漂わせていた。私は感心した。その「場」へ入るときに一礼するというのは、スポーツの場面ではよくお目にかかる。私は高校時代野球部だったが、グラウンドに入るときや帰るときは、「したっ!(「ありがとうございました」)」などと言いながら脱帽の上一礼していたものだが、仕事場への出入りに一礼をするというのが私にとっては新鮮な驚きだったのだ。

ロンドンオリンピックが閉幕した。何かと話題になった柔道だが、男子73キロ級の中矢選手の決勝戦では、勝敗が決した後のロシア選手の行為(中矢選手にまたがり、手を横に広げ見下ろしていた)に不快な思いをした人も少なくないだろう。ちょっとネットを見てみたら、これに関する意見がいろいろ述べられていた。ロシア選手の行為の意味や是非について議論されているが、それはともかく「日本人ならしない、したら恥ずべき行為だ」という考えがうかがわれる。日本の選手なら試合後は淡々と相手に一礼し、握手し、柔道場を振り返り一礼、その場を後にする、という行動を取るだろう、日本人はやはり礼儀正しいのだ、我々観客も、そういった所作に清々しさを感じるのだ…。でもちょっと待てよ? そうは言っても今回柔道は金メダルが1つだけだったので、礼を失するほど喜びを爆発させる場面を見る機会が少なかったせいかもしれない。過去のオリンピックの柔道で、ロサンゼルスの山下選手やシドニーの井上選手は、「淡々と」してはいなかった記憶がある。金メダルを取ったんだから大変嬉しいだろうとは思いながら、日本人が思い描く究極的な「礼儀正しさ」からすると、金メダルでも畳の上では「淡々と」してなきゃいけないようにも思うがどうか(もちろん、中矢選手を破ったロシア人選手の行動を日本選手はしないだろう)。転じて他のスポーツではどうか。アメリカ大リーグでの不文律としてこんな話しを聞いたことがある。ホームランを打っても、ダイヤモンドを一周する間に派手にガッツポーズをしたりしてはいけないのだそうだ。相手投手に失礼だから、またデッドボールなどで報復を受けるから、などその理由としてあるようだが、ホームランを打っても淡々とダイヤモンドを周回する姿は、ある意味清々しさを感じる。

私が言いたいのは、我々の言う「礼儀正しさ」も手前味噌なのではないか、ということだ。柔道でも相撲でも、礼についての所作が組み込まれている。だから、それらのスポーツを生んだ「日本人は礼儀正しいのだ」ということになってやしないか。シドニーの井上選手が畳の上でガッツポーズをしたのも朝青龍関が土俵でガッツポーズをしたのも行動は同じようだが、一方は批判された。「日本人はそもそも礼儀正しいからあのくらいはいいだろう(オリンピックだし?)」「外国人は礼儀正しくないからあんなことしちゃいかん」といった、モノサシの使い分けを無意識にしてしまっていやしないか。あたかも「礼儀」は日本オリジナルのような錯覚をしているのではないか。

ひょっとすると、日本人は「放っておいたら」礼儀など構わないでいるのかもしれない。だからこそ、礼についての所作を組み込むことによって、礼儀正しさを「意識させる」ことが伝統となっているのではないだろうか。相撲でも「日本人より日本人らしい」という表現がしばしば出てくる。礼儀というものをどの程度意識し正しく振舞うかどうかで、「礼儀正しい=日本人らしい」かどうかが測られる。冒頭百貨店の店員さんが外国人だったら、私も「日本人より日本人らしいなぁ」などとやはり手前味噌に、感激さえするのだろう。

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