2013年3月18日月曜日

「生活保障 排除しない社会へ」

最近読んだ本を紹介したい。

「生活保障 排除しない社会へ」 宮本太郎(岩波新書)タイトルから人権擁護を力説する内容かと先入観を持ったが、以前紹介した「市場主義3.0と同様、欧州等を参照しつつ、日本の経済社会システムの今後について示唆を与える一冊である。以下、私の気になった文章を引用して、この本の紹介としたい。

――市民相互の信頼の強さは、近年では『社会関係資本』と呼ばれている。相互信頼が強いと、取引コストや機会コストが軽減され、経済も順調に発展するからこのように呼ぶ。現代の日本において、信頼と社会関係資本がどれほど蓄積されているかについては、二つの立場が分かれている。
 一方には、歴史家のフランシス・フクヤマのように、日本が高信頼社会であるとする見方がある(『「信」無くば立たず』)。この場合は、企業内部の人間関係や業界などのネットワークが注目されている。もう一方には、社会心理学者の山岸俊男のように、日本は低信頼社会であるとする解釈がある(『安心社会から信頼社会へ』)。山岸は、企業や業界などの内部で一見すると濃密に見える関係は、相互信頼の関係というより、互いに裏切ることができないという関係にすぎない、と考える。そして日本では、企業や業界を超えた信頼関係が希薄であることを強調する。――
――正社員、公務員の特権とされるものであれ、低所得層への保護のあり方であれ、常に検証が必要であることは言うまでもない。しかし、ここに見られるのはバランスのとれた検証ではなく、やみくもに特権や保護を叩き、これを引き下げることで政治的支持を拡げようとする言説である。あるいはそれを見て溜飲を下げる態度である。
 丸山真男はかつてこのような政治のあり方を、基底にある政治文化への批判も含めて、「引き下げデモクラシー」と呼んだ(『「文明論之概略」を読む』)。こうした政治スタイルが横行するのは、政治が人々の利益をまとめ上げていくビジョンを示すことができないからである。ゆえに、もっとも手っ取り早く政治的支持を動員できる方法として、メディアなども活用した「引き下げデモクラシー」が横行するのである。――
――日本では、もともと追いつき型の近代化のために、社会保障よりも経済成長に直結する雇用保障に力点が置かれてきた。そこでは、男性稼ぎ主の安定した雇用を実現し、その収入を家族に行き渡らせていく仕組みが形成された。このことに加えて、欧米に遅れて導入された二〇世紀型福祉国家にも、雇用と家族を前提とする構造があった。この二つの制度の相乗作用で、日本型生活保障は、男性稼ぎ主の雇用への依存と家族主義を、とくにはっきりと純粋に実現したケースとなった。
 ところが、この安定した持続的雇用というのは、グローバル化と脱工業化が進展するなかで、洋の東西を問わずに、まず初めに崩れていく部分なのである。家族における伝統的な性別役割分業も急速に変化している。日本の生活保障は、変化に対してもっとも脆弱な部分にもっとも強く依拠してきてしまったことになる。――
――スウェーデンでは強い雇用保障と大きな社会保障が連動し相乗的に補強し合ったのに対して、日本では強い雇用保障と小さな社会保障が人生の前半と後半で棲み分けた、と言ってもよいであろう。――
―一般に、社会的公正のためには、所得税、法人税、相続税のような累進的課税によって、所得の垂直的な再分配を促すべきであるという考え方が強い。しかしながら、各国の税制を比較してみると、北欧諸国のように社会保障支出が大きく、かつ格差が抑制されている国は、一般消費税など逆進的とされる税制に依拠している場合が多い。たとえばスウェーデンは、二五%の消費税に自治体ごとの単一税率で平均して三〇%強の地方所得税が税制の柱である。――

ほんの一部を引用した。興味のある方は本書をお読みいただきたい。

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