2013年5月10日金曜日

お年寄り階級

テレビのワイドショーで、某若手俳優が舞台にアナを空けてしまったという話題を取り上げていた。理由は寝坊、開演時間を勘違いしていた、一度起きたが“二度寝”をしてしまった、と謝罪会見を放送していた。ううむ、これに懲りて目覚ましは何重にもセットしよう、それでも起きられないことはあるよね、起きたとしても二度寝することはあるよね若いんだから、などと思いながら観ていたが、引き続いて「お年寄りのご意見を賜る」VTRでは、どのご老人もお叱りのご意見をのたまっておられた。「プロ失格ね!」「ワシたちの時代には考えられないな」と口々に言い立てておられる。私は思わず「本当かぁ~?」とつぶやいていた。テレビなので、面白くするためにそういった意見ばかりをピックアップしていそうだし、インタビュアーに「ノセられた」可能性もある。「本当かぁ~?」のひとつはつまり「みんながそういう意見なのかぁ~?」なのだが、もうひとつは「本当にあなたたちの時代に遅刻はなかったのかぁ~?」である。「今どきの若者は…」とはいつの時代にも語られるものらしいが、とかく年をとると自ら(の世代)を美化し、自信(過信)からか悪くすると居丈高になる、と言っては言い過ぎか。

少々前の話しだが、名古屋市交通局のバスの運転手(40歳前後)が、乗客を乗せたまま降りて営業所に帰ってしまったという事件があった。きっかけは、通行人に道を尋ねられ教えている間に出発時間を1分ほど過ぎてしまい、70歳くらいの男の乗客から「早よ行かんかい」と注意されたことのようだ。出発してからほどなく、60キロくらいのスピードで蛇行運転をし、その後自らバスを降りてしまった…(この運転手は過去にも、一般ドライバーとトラブルを起こしたことがあるという)。溜まっていたストレスが出発間際のやりとりで爆発してしまったのだろうか。

ところでバスとは、時間通りに運行されることを期待できる乗り物であろうか。バス停まで走っていくと、予定時刻より遅れてバスが来て間に合ったりする(時間どおり来て「行っちゃった!」ということもあるが)。乗ってから息が整ってくると、今度は到着時間が気になって、(もっとキビキビ走ってくれ)などと心のなかで思ったりする、とまあ、乗客は勝手なものである。運転手は、「交通安全」と「時間」を折り合わせながら、客のニーズを満たさなければならない。“安全運転をしたので30分遅れました”もダメだし、“時間を守るために荒っぽい運転になっちゃいました”もダメであろう。あるいは渋滞に巻き込まれるという不可抗力であっても客はイライラしたりする。それでも揺るがない精神力が必要と思われる。大変な仕事である。始発で1分の遅刻はダメでしょ、という意見もあるだろう。しかし、「早よ行かんかい」とは別の言い方があってもいいのではないか(この乗客のパーソナリティに依るところ大であろうけれども…)。

アナを空けた俳優も、バスを乗り捨てた運転手も、プロとして仕事をする以上非難されるのはやむを得まい(俳優は芸能活動自粛、運転手は懲戒免職となったそうだ)。しかし、自らを省みることなく声高にそれを口撃するのはいかがなものか。私など赤面する過去はすでにいつくも経験しているのだが、冒頭に挙げた元気ハツラツのお年寄りたちは、これまで営々と続けてきたプロとしての仕事のなかで、果たして「ノーミス」で来たのだろうか。リタイアしたこと、もっといえば単に“長く生きた”ことによる「特権」を得たとでも考えているのだろうか。だとすれば、少子高齢化を突き進む日本は、この「お年寄り階級」がますます幅を利かせ、その社会への関わり方次第では、ストレスフルなことがたくさん起きるかもしれない(もう起こってるか)。

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