2013年12月11日水曜日

密集

ある朝、久しぶりにラッシュ時の電車に乗った。都内へ向かう通勤電車は当然混雑してはいるものの、最寄り駅で乗り込んだ際にはそれほどでもなかった。20年くらい前、私が社会人になりたてのころには、乗り込めるかどうか不安を覚えるくらいであったように記憶しているが、“ギュウギュウ詰め”状態ではない。通勤客が、つまりは労働者が減ったのか、時間をずらして通勤するようになったのか、はたまた京王線のダイヤが功を奏しているのか、私にはわからないがとにかく、ある種の“覚悟”とともに電車を待っていた私には、少々拍子抜けであった。

電車がしばしばスローダウンしながら進む。駅ごとに混雑度は増していく。新宿の34駅前の乗降で、ついに立錐の余地がなくなった。(やはり通勤電車は通勤電車だなぁ)などとため息まじりに思っていると、かつて経験した感覚が蘇った――踏ん張って立っていなくてもよくなったのだ。…もちろん立っていなくてはいけないのだろうが、足の踏み場も確保できないなか、お互いがお互いに“壁”となって支え合う(?)ことになる。一方、座席の前に立ってつり革につかまるラインの人たちは大変である。人波に押されてつり革を手離し、車窓に手を押し当てて耐え忍ぶ労苦は、私にも経験がある。

手提げカバンを離さないように頑張りながら、私はふと考えた。密集していると、人は「その他大勢」に身をあずけてしまうのかな、と。「自分が踏ん張らなくてもいいや」と思えるのは、どのくらいの密集度なのだろうか、と。会社とか人が集まる組織にも同じことが言えるのかな、と。会社や組織のワクのなかに人がびっしり詰め込まれているときには、同じことが起こっているのかな、と。毎度立ち位置が変わる通勤電車とは違って、毎日「つり革ライン」に配置されている人は、途中下車したくなっちゃうんじゃないかな、と。運賃は同じなんだから、「つり革ライン」には立ちたくないよな、と。…見ず知らずの男性と至近距離でお互いソッポを向きながら、私は考えたのである。

新宿駅を降り、JRへの連絡通路に向かう。密集とともに牛歩のごとく前へ進みながら、私はふと考えた。群衆をすり抜けて我先に前に進むのをあきらめるのは、どのくらいの密集度なのだろうか、と。会社とか人が集まる組織にも同じことが言えるのかな、と。会社や組織のハバのなかに人がびっしり詰め込まれているときには、同じことが起こっているのかな、と。一刻も早く目的地に着きたい、そして着けると思っている人は、早々に別のルートを探すのかな、と。…見ず知らずの女性と肩を並べなら、私は考えたのである。

乗り換えたJR山手線は何らかの理由で遅延しており、運行間隔を調整するために新宿駅で5分ほど停車した。その間、乗客は次々と乗り込み、発車時には満員に膨れ上がった山手線は、五反田駅で私たちを吐き出した。改札へと向かう階段を、密集とともにゆっくり下りながら、私はふと考えた。(人はなかなか思うようには立ち回れないものだな)と。…見慣れない駅で右顧左眄しながら、私は正しい出口を探したのである。

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