2014年7月2日水曜日

(そりゃそうだよな)

ジャック・ジャパンのワールドカップが終わった。初戦・コートジボワール戦での本田圭佑選手の鮮やかなゴールを頂点として、その後我々の期待は徐々ににしぼんでいったかのようである。サポートしていた企業や関連商品で「そっちの期待」もしていた人々は、それらCMやらポスターやらを、今となっては寒々しく眺めているのかもしれない。

特段サッカーに通じているわけではない私としては、今回の敗戦について分析するつもりはない。ただ、いちサッカーファンとして、日本代表に期待していたのは事実で、大会前の分析や「イケル!」的な論調、そして戦後の「何が悪かったのかな~今後どうすればいいのかな」分析など、“メディアが乗っけてくる”雰囲気の流れは体感している。それについてイヤミを申し上げるつもりもないのであるが、この“メディアが乗っけてくる雰囲気”にどうしても欠かせないのが監督や選手本人へのインタビューであり、これについては彼らに同情の念を禁じえない。

私を含め、多くの人が監督や選手の発言に注目する。ただ、言っている(メディアが乗っけてくる)ことはだいたい想定の範囲内で、特段目新しいことが発信されるわけでもないようだ。―「この4年、ワールドカップに賭けてきた」「出るからには優勝を目指す」→「課題を修正して勝ちにいく」「自分たちらしいサッカーをする」→「まだ終わっていない」「可能性がある限りがんばる」→「重い責任を感じる」「未熟だった」「4年後に向けてがんばる」―。我々もそれを期待してその発言を聞いているのであるが、しかし、それら次々に発信される発言を聞いて、(そりゃそうだよな)と思う。一方、(そりゃそうだよな)と思われることはわかっていて、(そりゃそうだよな)なことを言うことを彼らは求められている、と彼らはわかっている…ようにも思える。彼らにとっては、もしかすると、“とっても面倒くさい”時間なのではないだろうか。

トップクラスのスポーツ選手や政治家その他、その発言を注目される人々にとっては、マイクを向けられ、それに真摯に対応することが求められる。しかし、うかつなコトを言ったりすると、叩かれたり、政治家などは「辞職しろ」ということにすぐなってしまう。(そりゃそうだよな)と思われる程度のありきたりなことを真摯に真剣なまなざしでとつとつと答えることが、彼らの使命なのだろう。

五月場所を優勝した横綱・白鵬関が、恒例の翌日記者会見をキャンセルし、憶測を呼んだ。後日、奥さんの流産がその理由だと知らされ、感動したむきも多いらしい。翌日記者会見は優勝後の会見だから、口も滑らかに動きそうではあるが、とにかく、「マイクを向けられれば真摯に答えるべき」という構図に疑いを差し挟まない今どきである。敗戦後のジャパン・ブルーの戦士たちは、重い口にマイクを向けられて、どんな気分だったろうか。

スポーツでも政治でも、それ自体が“とっても面倒くさい”ものにならなければいいのだが。その活動やプレー自体が、(そりゃそうだよな)と思われる程度のありきたりなものに落ち着いてしまわなければいいのだが。

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