2014年7月29日火曜日

「〈働く〉は、これから―成熟社会の労働を考える」

最近読んだ本を紹介したい。

「〈働く〉は、これから―成熟社会の労働を考える」猪木武徳編(岩波書店)。あとがきによれば、本書は、2008年にスタートした「成熟社会の労働哲学研究会」の活動成果をまとめたもので、そのメンバーのうち6名が寄稿している。本書カバーには次のような紹介文がある―仕事の内容や就労の形態が多様化し、変容する中でわれわれはどこに労働の意味を見出そうとしているのか。高齢化と人口減少に直面する日本の労働環境の変化は、ライフコースにいかなる影響を及ぼすのか。労働の現況を改善するには、どんな考えが重要なのか。六名の研究者が、現地調査と統計データに基づき、成熟社会における労働のあり方を考える。―

第一章“成熟社会で〈働く〉こと”(杉村芳美)では、成熟社会における働くことの意味や位置づけを、国内外の現地調査を踏まえ考察している。氏の考える成熟社会とは、引用すると
―まず、経済的充足感が存在していること。ある程度の豊かさの獲得と豊かさの意識があること、そのうえで経済的利益の追求が度を越さないこと。経済的合理性が意識され、イデオロギー偏重もない。そして、個人がバラバラの存在になっていない、また全体が一つの方向に塗りつぶされていない社会。熱に浮かされていない冷静な社会。コミュニティの紐帯があり、個人にも全体にも偏りすぎていない社会であること。過剰な権利追求も利益追求もない、また共同の利益も無視しない。そして、全体によって個人を抑圧したり歪めたりしない。この目的と共同の目的の両方を理解し配慮できることである。―第二章“地に足の着いた雇用改革を”(清家 篤)は、以前本ブログで紹介した「雇用再生 持続可能な働き方を考える」清家 篤(NHK出版)の内容を凝縮したものである。第三章“多様化するライフコースとその課題”(岩井八郎)では、高度経済成長期に確立した標準的なライフコースが、女性や若年層、高齢者それぞれにおいて多様化している様を描き、第四章“日本人は、なぜ六五歳を超えても就労意欲が高いのか?”(藤村博之)では、このテーマの現状と70歳まで就労するあり方を、実例を交え提示している。第五章“〈地域〉において〈働く〉こと”(宇野重規)では、「働くこと=都市へ移り住むこと」という労働観から脱却し、〈地域〉で働くことの再発見が進んでいることを、第六章“中間的な組織での自由な労働”(猪木武徳)では、国家と個人のあいだに存在する「中間的組織」(氏は「結社」を挙げる)の存在意義と、そこでの自発的・協働的労働の重要性を強調している。

猪木氏は第六章の最後に、“連携(associate)する労働を求めて―結びにかえて”を置いているが、そのなかから以下引用する。
―労働といっても、ただ単に体を動かし、楽しみのためにパズルを解くといった頭脳ゲームに没頭することを意味しない。労働が労働たり得るためには「他人と連携して」「全体のために」という要素を少しでも含んでなければならない。「他人と連携して」「全体のために」という意識が全く介在しない労働、目的を持たない労苦がいかに耐え難いか。仕事をしているものが、新たに判断し、付け加えることが何もない作業、創意と工夫が入り込む余地のない仕事、他人との連携が想像できないような労働こそ、担当者を最も意気阻喪させるのである。
 このように考えると、単に「食べるために」だけではなく、誰かのために、何かを、人と一緒に成し遂げるという意識、そこに自発性があり協働性があれば、その労働は自由であり精神性を回復することができるということになる。これが本章で取り上げた、「中間組織での自発的な自由な労働」と呼びうるものなのである。―

労働環境が大きく多様化し、標準的なライフコースが“標準”ではなくなった今、それでも「労働の意味や場所は見つけられるのだ」と、我々〈働く〉者を激励する一冊である。

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